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2017-01-16

【出産チョコっとブログ第2回】 妊娠と育児に背中を押された私の夢

昨年の4月下旬、来るものが来ず体調が悪い

これはもしかして。。。と不安になる
まずやって来たのは「不安」



2人目がなかなかできない最中、我が家はこのまま一人っ子でいくかもなぁと
のほほーんと過ごしてきた

もともと18、19歳で自分の描いたグラフィックでTシャツを作って仕事にする!
(Tシャツじゃなくても作ったものを売りたい)
と生半可で漠然と進んできた私
その為に漠然とNYにも行ってみた。グラフィックデザインの仕事も漠然と続けてきた

そして長女を授かって
結婚した
(授かったから結婚したわけではないと断言する)
仕事は辞めた

突然
結婚生活と長女の育児両方を同時進行することになった
当時25歳

このころはしんどかった記憶が大きい


何がしんどいかと言うと
まだ夢は途中。志半ば
何もスタートしていない
やりたいことはたんまりある
だけどどこからやればいいのかわからない
けど育児をしなきゃいけない
自分の時間など微塵もない
先の見えない育児

果たしてこの子が何歳になれば自分の時間が作れるのだろう
育児ってどこまで行けば光が見えてゆっくりと呼吸ができるのだろう

新米ママには育児の楽しさと同時に
大きな闇がのしかかった

当時のパパは会社員で本当に忙しかった
2、3日家をあけることもよくあった
家事も育児も一人でやってたし、やるものだと思っていた
するとママでも妻でもない私がキリキリと変な音を立て始めた

モヤっとした息苦しい日々が続く


「わたし仕事しよう」

(長女10か月)

さて、なんの仕事?1日何時間、何時から働く?
夢はどうする?

とりあえず目先2,3年は勤められる会社を探そう
仕事内容はもちろんグラフィックデザインで。
独身時代のように社員でがっつり働こう

パートで数時間という考えはこのころはなかった

とにかく身になる仕事。先のある仕事しか興味がなかったのだ

4社くらい面接をした




デザイン会社や大手おもちゃメーカーの下請け会社

ことごとく落ちた
やはり1歳の子供がいることに先方は不安を抱いた

私も私で半端なデザイン力、半端な仕事経験、社員希望など
今思うと無謀な就活だったなぁ


デザインの仕事は一旦諦めようと思った時に
見かねたパパのお姉さんが
勤め先に口をきいてくれ
何とデザイン部署につく事が出来た

飲食会社なので仕事内容はメニューをデザインしたり
看板、ポスター、チラシとDTP全般
紙もののデザインは得意だったので
すぐに仕事ができた
これは本当にラッキーだったし感謝しかない

この頃(12年前)の保育園はまだまだ余裕があって

すぐに入ることができた

会社には6年近く勤める事になるんだけど
これがまたまたしんどかった

働きながらの育児

今では一般的で多くのママたちがやっているし
どこか当たり前のような風潮がありますが
これってすんごく大変なことなんです


物理的な部分では
毎日の送り迎えとか帰宅後のぐずりの中での夕飯作りとかお風呂とか
保育園の洗濯物とか。

けど
本当に大変なのは
些細な小さな積み重ねでできてくる「心労」
とても活字で伝えるのが難しい「柔らかい心」の部分なんです


私が一番こたえたのは
朝から夕方まで週5日仕事をして、嫌がる日も保育園に連れて行くたびに抱いてしまう
この子可愛そうかも。。。
という思い





さらには
園で熱が出ると会社に電話がかかってきて
謝りながら早退する
朝、具合が悪いとうつむきながら会社に休みの連絡をする

仕事をしなければ、もしくは仕事を減らせば自分もこの子も楽になるのかもしれない

だけど、この子(育児と)とマンツーマンの時間が増えるのが少し怖い

仕事に逃げてる自分がそこにいる

仕事は育児より楽なのだ

全くこころに余裕がなかった私は
この無限ループの中で戦っていました


仕事にも夢にも家事にも育児にも覚悟ができていない未熟な自分



どうしたらハッピーになれるんだろうと
ずーーーと考えてました
けど答えはいつもわかっていた

「ちゃんと夢と向き合えばいい」

私の抱いている夢を現実にしていけばいい
少しずつでも具体的に進めばいい

今すぐにはお金にはならない
お金にするには何年もかかる
今始めないとこの無限ループはいつまでたっても終わらない
始めなければ始まらないのだ

自由業(自営業は死語になりつつあるらしい)
独立、フリーランスなら時間に融通がきく
この子が熱が出たって、インフルエンザになったって
行きたくないって言ったって
誰かに頭を下げて休まなくてもいいのだ

仕事も夢も家事も育児も自分の覚悟で同時に進めることができる


ちょうど小1の壁と言われる小学校入学のタイミングでした

まずは今までの仕事の延長で
DTPのフリーランスでスタート
月給は今までの1/3から1/5程度
とうとうTシャツのデザインも本格的に開始


しばらくは自宅で仕事をしていましたが
手狭になって
事務所を借りることに

すると2人目を妊娠

LIFEsizeというブランド名でTシャツを作り始め、
少しづつ商品も増えてきた
夢のスタートは切れていた
久しぶりの(8年ぶり)赤ちゃん
長女に妹ができる
そんなところで気持ちは前向きに「妊娠」を受け入れていた


それから3年

LIFEDELIVERYという店舗兼作業場を持ち
展示会も年に2回
通販も続け、商品もますます増えた
相変わらず利益はほぼないが
お客さんもついて
好きなものを作り、売る
というサイクルを順調に続けてこれた







3人目の妊娠


はじめにやってきたのは

長女の育児で感じた闇のような大きな「不安」

妊娠を受け入れるのにとても時間がかかった


体調が超絶悪いのも大きな要因だった
3回目にして一番つわりがひどい

トップギアに入っていた仕事への「不安」
出産後、復帰のパワーがどれだけの事か今までの経験上分かっていた
増してや自由業で軌道に乗ってきたところだ
一旦休む事への恐怖と悔しさがそこにはあった

そして人を産むという「不安」

恐怖は無知からとよく言うが、経験しているがゆえ
絶対に避けて通れない不安や痛みが来るXデーに向けた日々は
苦しくも辛くもあった
出産後の何十年という苦行は長女を12年育ててきた経験からも分かっている。
それに付け加え、もしどこか具合の悪い子が生まれてきたら。。。といらぬ不安さえ抱えるのが
妊婦である



今回の出産をどう受け止め、その日までどう過ごしていくか。。。
どちらにしろ体調も悪くこのまま走り続けることはできない





結論。妊娠中は思い切って休むことにした
偉大なる明日への休暇(SDPbose嫁ブログ引用)と題して思いっきり休もう!

そしてマタニティーライフを楽しもう!



休むと決めてからは潔く日々に甘え家族に甘えた




こうやって出産までの1010日を乗り切って母になる
この心の修行と母になる覚悟は必要な時間なのかもしれない


いくつもある高い壁。母は強しとは妊娠した時から始まっている





妊娠で訪れる「自分の人生設計と見直し」


家族計画をきちんとしている人間には関係のない話


 だが人生は計画的にはいかないものだ







【出産チョコっとブログ第1回】 無痛分娩したったー!(前半) http://tees-d.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

【出産チョコっとブログ第3回】 無痛分娩したったー!(後半) http://tees-d.blogspot.jp/2017/01/3.html

【出産チョコっとブログ第4回】 入院食はホテル並み http://tees-d.blogspot.jp/2017/01/4.html


【出産チョコっとブログ第5回】家族を超えてゆけ 一人を超えてゆけ http://tees-d.blogspot.jp/2017/02/5.html





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