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2017-12-22

【主婦のNYひとり旅行記・第6回】一方その頃東京では。

この旅が急に決まったのは冒頭に書いたが
出発までの2週間はなかなかハードだった


長女にはよく昔を懐かしむ老人のようにNYの昔話をしていた

大きな前振りと、突拍子も無いこの母親がまたNYへ行くとか言い出したけど
別に大した問題じゃ無いと言わんばかりに
すんなり受け入れてくれた

むしろあっちのシンプソンズのグッズを大量に買ってきてほしいと嬉しそうに言った



次女には神経を使った
どうすればママのいない1週間を受け入れてくれるか作戦を練った

彼女は私の言うことよりも人形を通して話しかけたり、架空の人物からのお告げが一番効き目がある

私の言うことは聞かないのに、人形の言うことは聞くのだ

時期も時期なので
サンタクロースにプレゼントの手紙を渡すために
冒険へ出ると説明した

すると早速手紙を書き始めた

次の日「お願いね」と手紙をしっかりと渡された
よかった。受け入れてくれたのか。
もしかしたら我慢しているのかもしれないけど
ママのいない間に三女の世話をすることを覚え
三女にもうプロレス技をかけるのをやめてほしい

そんなママの勝手な願いを込めて、どれどれと手紙を開けた

次女はまだ文字が書けない

なので長女の文字でこう書かれていた
「プリキュアDXがほしい」

アメリカで買ってくることはできないが、あくまで手紙を渡しに行くのが目的だ

ママ渡してくるからね!


からくりを理解している中1の長女もちゃっかり手紙をよこした

「シンプソンズのグッズが山盛りほしい」

こずるく次女と一緒になって手紙にしたためるあたりがにくいじゃないか
了解!

そして二人は食事もお風呂も着替えも自分でできるので
一人で子供の面倒を見る!と豪語したパパの手を煩わせることはあまりないだろう


問題は三女だ
夜泣きは1回。ミルクを飲ませなければならない

他に食事オムツお風呂着替え大量の保育園の準備ぐずり1日数回の検温。数え切れないお世話が必要だ

しかも
NY行きを決めたあたりから体調が悪い

保育園に度々呼び出されたり、お熱で登園できなかったり、最終的には1週間前に肺炎にかかった

入院までは至らなかったが、自宅療養を宣告され、これは計画続行不可能だろうと
半ば諦めていた

仮に治ったとしても、もし旅行中にぶり返して入院、挙げ句の果てに。。。。。なんてことがあったら

旅行と彼女の具合を天秤にかけることは母親として疑問だった

こんな母親でいいのか、回復がどうなるかはわからないけど
現時点ですぐにキャンセルするべきではないのか?

肺炎にしてしまった自分と
まだキャンセルを決めない自分を責めた

毎日変化する容態を主人と相談し、ギリギリまで待ってみようという結論に至った

幸い渡米2日前には随分回復して、渡米日から保育園の通園もOKをいただいたので
モヤモヤを抱えたまま渡米することとなった


渡米中も毎日、LINE電話で会話をした

三女の状態はどうか?薬は飲めているか?
保育園に毎日いけているか、朝と夕飯は何を食べたか?
長女は家事をしているか?次女は夜中寂しくて泣いてないか?


家族はいたって元気でいつも通りの様子
逆にさみしいのは私の方で
私は一人NYに負けて泣いているでわないか



私の旅の目的は前記事にも書いたが、実はもう一つ温めていた


これは前作「出産ちょこっとブログ」でも全体を通して伝えたい大きなテーマであったが
今回も大きなテーマとして私の心に存在していた




家族4人、しかも11か月の赤ちゃんを残しての
1人旅行

これはどこで誰に話しても驚かれる行動だ

私ももし友人にそんな母親がいたら
根掘り葉掘り話を聞いてみたくなる

出張でも誰かが死んだわけでもない
旅をする決定的な理由があるわけではないのだ


そんな無責任な行動をどうして決めたのか
話を聞きたくなるだろう




母親のタイプや行動は時に非難を浴びる
母親は非難を浴びやすい


これは非常識なのか?世間的にはどうなのか?
という疑問は母なら誰しも経験済みだろう


自分の選択が合っているか?
非常識か?
周りに非難を浴びるか?


明確な「母親のあり方。子育ての仕方。」の教科書が存在するわけでは無い

「母親のあり方。子育ての仕方。」が一筋縄ではいかないのが通説なのに
非難だけは立派に存在する




「非難」
それは一体誰の物差しで?
今までの時代が決めた漠然とした母親像で?


そんな曖昧な世間の目に母親はいつもさらされている



私が子育てに悩むとよく行き着くのが
「人間はなぜ皆同じような時期に同じような壁にぶち当たるのか?」


人類は命をつなげばつなぐほどもっと利口になってもいいのでは?

母親は先人の母親たちに学び、悩まぬ育児をすることができるのでは?

先人の母たちに話を聞いたり、幼少期の自分を思い出し、母親を思い出し
参考にすることはできるはずだ


だが、みながみな同じような時期に同じような悩みを抱える

これは子供たち自身も同じ

きっとそれは「反面教師」という言葉があるように
その教育がいいか悪いかは受ける子供に寄るし、母親にもよる


そして何よりも肝心なのが


人間は誰1人として同じ人間ではない

ということ




全ての過程に同じ教訓を組み込んでも
人間が違うから当てはまるはずがない


ロボットではないのだから


だから皆同じような時期に同じように悩み
苦しむ



「東大生にした凄腕ママ」の本を買いあさり、同じように我が子を育てても
東大に入れるわけではない
子供の元々の能力云々ではなく
他の子に合った教育方法が我が子に当てはまるとは思えない


人間は誰1人として同じ人間はいない



にもかかわらず、世間は一定の母親像から少しでもはみ出すと
白い目で見る



しかも困ったことに、母親同士も監視を行っている
(これはもしかしたら「非難されないように非難する」心理が働くのかもしれない)



私自身、ここにこうして問題発起しているくらいだから
世間の目を気にしているし(本当に気にしない人は話題にすらしない)
活字にしていること自体とても勇気がいる

親があんなブログを書いてるから子供はグレるんだ
なんて言われてしまう日が来るかもしれない




だが、いつまでも世間の目を気にしすぎるがあまり
世間の奴隷になり、一歩を踏み出せずにいるくらいなら
非難されても自分に素直でいた方がいい

子供はいずれ大きくなる

母親は母親であり妻であり自分である

自分の部分を隠しながら子育てをすると
いつの日かいきなり身ぐるみ剥がされる

まず一番先に剥がしに来るのはきっと「我が子」だろう

子供は可愛くもあるが残酷でもある

我が子が壁にぶち当たった時、親が救ってあげられるのは
親の今までの信念と経験だ


その日まで自由に経験を積むべきだし
母親である前に私として人生をもっとふわりと楽しむべきだ




NY

母親の中でも頻繁にNYへ行ったり自由に旅行をしたりして
楽しんでいる人は山のようにいるだろう

NY

私にとってはこの先人生でこんな経験は二度とないかもしれない







心の自由は距離や場所と比例しない



あくまで心の問題なのだ





自由を感じるのは
日常のちょこっとしたことなのかもしれないし
本の中なのかもしれないし
旅なのかもしれないし
2時間だけのバカンスなのかもしれない








固定概念







もし何かに悩んだら
一度壊してみるといい




そこに自由が待っている





私の今回の旅行で少しでも自由を感じてくれたのならば
私も同じようにあなたから自由を感じたい











※出産ちょこっとブログ第1回〜9回まで過去記事にて読めますので
ぜひお時間がありましたら暇つぶしに読んでくださいませ


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